マチュ・ピチュ-アルトマヨの森奮闘記

青年海外協力隊2022年7次隊として、林業・森林保全分野でペルーに派遣されました。クスコ州のマチュピチュ歴史保護区で森林保全活動をしていましたが、情勢悪化に伴いサン・マルティン州のアルトマヨの森保護区に任地変更となりました。自分が将来過去を振り返るための備忘録も兼ねて、日々の活動をボチボチ綴っていこうと思ってます。時々暑苦しい文章になるかもしれませんので、ご承知おきください。

"「反復・継続・丁寧」は心地ええんや"

クスコ市内から2時間半、車と電車を乗り継いで私の活動する村クオリワイラチナに辿り着くことができます。マチュピチュへ向かう電車の、ほとんど誰も降りない駅、88km-Qoriwayrachina。この駅を降りてすぐにある集落が、世界遺産マチュピチュ歴史保護区の東側に位置するクオリワイラチナです。

 

「のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、それをのみ見つめて坂をのぼってゆくであろう」という司馬遼太郎の”坂の上の雲”の一説を思い出す情景。この村が勃興期を迎えることを占う空に見えた。



 

世界遺産でペルーの中でも比較的大きな街のクスコにあって、クオリワイラチナに無いものは物質的には沢山あります。レストラン、ホテル、車、スーパーマーケット。マチュピチュ歴史保護区内にありながら観光地な訳ではなく、物質的に豊かなわけでもない村ですが、それでも私を魅了する"都会では失われた魅力"があると感じています。

今週からはクスコにいる時間より、この村にいる時間が増えています。

これからこの村の人たちと沢山話し、一緒に考え、そしてかけがえのない時間を過ごすのでしょう。

今段階でも、苗畑とコントロールポスト(配属先が保護区を管理するための詰所)の往復だけではなく、巡回の際に村人から色んな話を聞き、また色んなワークショップに参加させてもらっています。

 

ポット苗での育苗で大事な作業”根切り”を行う。Pacay blanco(学名:Delostoma integrifolium)というノウセンカズラ科の植物。



養鶏のタジェール。幅広い分野で村のサポートを行っている。



 

私自身、まだまだこの村の知らないことの方が多い身ではありながら、徐々に村のことを知っていく中でこの2年間の活動は以下の3つに重点を置きたいと考えています。

 

 

①日本の造林技術を導入した迅速な生態系修復

②森林保全と親和性の高い産業を基盤とした生計向上

③“木育"の普及による未来の世代への環境啓発

 

 

 

まずは①日本の造林技術を導入した迅速な生態系修復、について。

森林火災が多発するこの地域において、急速な修復方法があるならばそれに越したことはありません。

そしてその中で今"宮脇メソッド"という造林方法に注目し、実現可能性を探っています。故宮脇昭博士が神社の周りの森“鎮守の森"から着想を得て、確立した方法です。複数の固有種を混植・密植することで、生存競争を促し、植生において多階層を迅速に形成する方法です。通常の成長の何倍もの速さで極相(植物群落の遷移における最終段階の平衡状態のこと)に達し、また二酸化炭素の吸収も生物多様性も従来の造林地よりも優れていると報告されています。

カウンターパート(活動における相棒)にもこの方式の紹介をし、実施するにあたってかなり積極的になってくれています。ただいくつか解消しなければならない問題もあります。まずは複数種類のポット苗の確保。日本での事例では20種類前後を植えていますが、山間部にある植栽地の近くにある苗畑にはそこまでたくさんの種類の苗は置いてありません。他の近くの苗畑から集めて来なければなりません。そして何より困難なのは、土壌の問題です。砂質ローム(砂とシルト、粘土が混ざっているが粒子は大きめで保水力は高くない)であるため、大量の腐植土が必要になりそうです。ただ大量の土をどうやって山の中腹まで持って行くのか。。。カウンターパートと頭を抱える毎日です。

 

マチュピチュの固有種のことを教えてもらいながら、苗の管理を行っている。



潅水作業。マチュピチュの山の中の苗畑での作業は絵になる。



 

そして②森林保全と親和性の高い産業を基盤とした生計向上、について。

この村は産業と呼べる産業が無く、そうなると農業の生産性を高めることや農地拡大を目的とした野焼きや焼畑のリスクが高まり森林火災が発生しやすい環境を創出してしまいます。森林火災による生態系劣化へのアプローチに対して、植林が改善策であるとすれば、生計向上は根本的な解決策の一つと言えます。

先週は近くの村の鱒の養殖家の方のところへ巡回に行きました。巡回は住民の求めているものを知る絶好の機会であるとともに、自然保護の観点からその産業が悪影響を及ぼさないかを評価するという作業でもあります。

鱒の養殖には、豊富な水源が必要であり、尚且つ水を循環させ続けなくてはいけないため、しっかりとした水槽と水路といった設備投資と、その管理が必要だそうです。また物流の観点からも大量の鱒を都市部に輸送するのは困難が予想されます。新しく設備投資をして事業を始めるにはリスクがかなり大きそうです。

そしてすでに小規模ながら、集落内で栽培しているアボガド。販路もある程度確立されているものの、ノウハウが蓄積されておらず、またアボガド栽培には大量に水が必要なことで、大々的な産業にまで至っていません。近くに川が流れているため水源は確保できるものの、灌漑設備がなく、また設備投資のためのお金も十分ではありません。ただ、設備投資の問題さえクリアされれば生計向上に大きく貢献しそうな産業と感じました。

Taraと呼ばれる木の豆の利用もカウンターパートから期待されています。まず莢にはタンニンと呼ばれる成分が含まれ、この成分はなめしとして、皮革に使用されます。さらに種からは黒い染料を精製することが可能で、さらにはのどの腫れに効く薬としても利用可能だそうです。1キロ当たり6ソル(200円ほど)で売れるそうですが、労働コストに対してどれくらいの収入を得ることができるのかを精査してみる必要があります。

他にも廃棄物処理業も気に留めています。直近でゴミの圧縮機を導入する予定があり、プラスチックゴミ、紙ゴミ、缶をそれぞれ分別し圧縮して換金することを考えています。クオリワイラチナは電車の停留駅で、保護区内の他の村に比べるとクスコへのアクセスにおいてはアドバンテージがあります。したがって、他の村からもゴミを集めることで、ある程度の量を確保でき、ある程度まとまったお金を稼ぐ方法となる可能性もあります。しかしこの村で、というよりペルー全体で家庭レベルでゴミの分別が習慣づいてるわけではありません。なので今、配属先のこの案件の担当者と一緒に、"日本のゴミの分別"を紹介し、実践できるようにするためのワークショップを企画しています。

個人的に今、最も実現可能性が高そうと感じているのは養蜂です。全くもって養蜂に関しては素人なので、勉強する段階からのスタートではありますが、調べる限り初期費用が高くないこと、既に50近くの蜂群を管理して養蜂を行なっている村の人がいるためある程度ノウハウの水平展開が期待できること、他の農産物等とは異なって腐ることがなく物流が比較的容易にできること、競合も決して多くなくマチュピチュ知名度を活かしてブランド化しやすいこと、ミツバチは植物の蜜を必要とするため森林とも深い関わりがあり森林保全と親和性が高いこと、加工性が高くある程度軌道に乗せることが出来ると加工品を販売してさらに収入向上に繋げられる可能性があること、などなどメリットが多いように感じます。ただまだまだ素人考えなので、実際に村の住民の養蜂設備を見学させてもらい話を聞いてくる予定です。また、下調べも入念にしておく必要があるので今は調査段階です。嬉しいことにカウンターパートからは、社会人時代に身に着けたマーケティングの知識を期待していると言われています。大学院卒業の時、迷いもあったけど自分の選んだ道に間違いはなかったと思いました。あとはどう活かすか。

 

鱒の養殖の水槽。母体、出荷個体、小さい個体、稚魚の4グループに分けて養殖。



アボカドの木の病害対策のワークショップ。参加者は多いが、メモを取って聞く人が一人もいないことが気になる。果たして聞いた内容を実践できるのだろうか。

 

 

Tara(学名:Caesalpinia spinosa)というマメ科ジャケツイバラ属の植物の種。




ゴミの圧縮機の設置予定個所の確認。この日は村の有力者と会議に参加し村の現状を聞いたうえで、日本のゴミ分別を紹介し実践できるようにするためのワークショップを開催したいと申し出た。



ハチミツの市場調査のためにクスコ市内のスーパーでストアコンパリゾンを行った。ここでかつて学んだチェーンストア理論を活かすことができた。



 

最後に③“木育"の普及による未来の世代への環境啓発、について。

木育は「木に触れる活動」「木で創る活動」「木を知る活動」の3つのステップで構成されます。まずは木で出来た製品、もしくは自然の中で五感を働かせて木に触れる活動。そして木を使って楽しみながら何かを作り改めて木の性質を体感する。最後に木材と森林の関係性について学び、森林を保全するための活動に積極的に参加する姿勢を養う。これらの3つの"木育"のステップを体系化し、将来にわたっても森林を自発的に保全できるまちづくりを行なっていけたらと考えています。大学院の時、「木に触れる活動」においては、大学院時代に実際に樹木観察や木材の顕微鏡観察のTAをしていたので、なんとなく頭の中でイメージできている活動はあるので、ここからスタートさせていきたいと思います。

 

クスコ市内で書道のワークショップを実施。今回の経験が村でのワークショップでも活かせると思う。日本の文化も積極的に紹介し、世界は広いことを伝えたい。



 

もちろんこの3つの軸に執着し続ける気はありませんし、自分の能力不足を毎日のように痛感する中でどこまでできるかも未知数です。

 

山の中腹にある苗畑に行ったときに、同僚とドイツ人の留学生と。



コントロールポストでの食事は当番制で作る。



 

自然あふれる村、クオリワイラチナ。

自分はまだここで何者でもありません。

村の方々と日々対話し、求めているものを正しく捉え、この村の一員に少しずつなっていけたらと思います。

タイトルの言葉は私の好きな漫画、ハイキューに登場する稲荷崎高校の北信介のセリフです。

日々の仕事、言語の勉強、村人達との会話、すべてを「反復・継続・丁寧」に行うこと。

結果よりも過程が大事。掲げた目標に対して正直どこまでできるか分からないし、周りの助けがなければきっと何も出来ません。自分の頑張ってる過程をきちんと見てもらい、自分の味方を増やし、そして自分もまた村人の1人になること。これこそが今私が1番目指すものです。

きっとその先に自分の達成したい未来があると信じて。

 

これを渡らないとたどり着けない苗畑もある。高所恐怖症かつ泳ぐのが苦手な私にはかなり厳しい道。



静かで自然豊かな村、クオリワイラチナ。この自然を守り育てながら、この村が発展していくことを祈る。少しでもそのサポートができたら嬉しい。