”短いわりには中身のある話をしようか
眠りにつく頃にはなんとか終わればいいが
一度話しただけで飲み込めるとは思えないし
理解に苦しんで眠れなくなるかもしれないけど
防具を外したら横になれよ”
ストレイテナーという私の好きなバンドの”SENSELESS STORY TELLER SONY"の歌詞の後半部です。
私のペルーでの協力隊活動の前半部はクスコ、そして退避していたリマでの活動でした。
そして後ろ髪をひかれながらクスコを離れて任地変更となり、ペルーでの後半のストーリーを紡ぐためにサン・マルティン州リオハにやってきました。
任地に赴任してまだ3週間。しかし、体感としてはもう2か月ほどはここで過ごしたように感じます。このジャングルの中の静かな町リオハとアルトマヨの森で本当に”短いわりには中身のある”時間を過ごしているように思います。
赴任して早速アルトマヨの森保護区内とその緩衝地帯のいろんな場所に連れて行ってもらっているのに加え、マチュピチュ歴史保護区とラス・レジェンダス公園植物園に引き続き3か所目の新天地ということもあって、新天地での振舞い方も何となく身に着け、効率的に必要な情報を収集できているように感じています。
まだまだ、訪れていない人や話の出来ていない関係者もいますが、今現時点で、自分の特性を加味して、ここですべきことについて備忘録も兼ねて綴っていこうと思います。
まず、配属先に着任して一週目は主に車でアクセスできる集落に訪問しました。
基本的には、アグロフォレストリーの技術を基盤に森林内でコーヒーやドラゴンフルーツ、バニラなどの農産物生産を行っているそうです。また、保護区やその周辺の緩衝地帯では女性団体が組織され、主にボンボナへというパナマソウ科の植物の茎から工芸品を製作し、観光客向けに販売を行っているようです。
この地域ではペルー北部とブラジルをつなぐ幹線道路が完成した後に、その幹線道路沿いにあるカハマルカ州やアマソナス州の山岳地域の貧しい村の住民が移住し入植したケースが多く、当初は入植者による違法な森林伐採と農地拡大が行われていたそうです。その後、国立の自然保護区であるアルトマヨの森では生態系保全を目的として、地域住民と保全協定を結び、政府が技術提供や研修を住民に対して行うのに対して住民は環境に配慮した農業生産を行うようになっていきました。この組織された女性組織も、保全協定に基づいて運営されています。
しかし、かつで貧しい村で育った50歳以上の入植者の中には、初等教育を受ける機会もなかったため、文字の読み書きができない文盲の方が結構な割合でいらっしゃいます。
この事実に気づいたのは、Juan Velascoという集落で、保全協定の内容更新に関して住民から合意を得て調印してもらう式典の際でした。はじめ、この式典の出席を取る際にも配属先のスタッフが出席簿を持って住民一人一人のところに回って、名前や年齢、電話番号、国民IDナンバーなどを訪ねてスタッフが書き込んでいました。これまでクスコで見てきた光景では、出席簿への記入を目にした際は、出席簿だけが住民の元に手渡しされ住民間で回して自身で書き込みをしていたので、少し疑問に感じていました。疑問が確信に変わったのは調印式に進んだ際でした。住民が一人一人会場の前に来て、出席簿同様にスタッフが名前や国民IDナンバーなどを記入し、最後に住民が自身で書面にサインをします。そのサインを書くしぐさがどうもぎこちなく、そもそもサインであるのに筆記体ではなく楷書体で、楷書体のアルファベットを書くのにも苦戦しているようでした。調印式を終えたあと車でリオハに帰る際、上司にこのことについて確認したところ、やはり「貧しい村で育った一部の人は文字の読み書きを学ぶ機会もなく、特に女性はその傾向が顕著である」ということを教えてくれました。
まだまだ女性蔑視の風潮の根強い集落もあります。そんな中で、集落全体の生活が向上することももちろんですが、女性のエンパワメントに貢献することも必要とされていると感じました。
識字率が100パーセントに近くない国ではまだまだ文盲の方がいることは頭の中では理解していましたがこれまで接点がなかったため、恥ずかしながら、あまり深く考えたことはありませんでした。
これからの世代は、きちんと教育にアクセスが可能で男女間での格差が無い社会を実現できるように、自分も些末ながら貢献したいと思うのでした。
そして、この”教育へアクセス”など「人間の安全保障」の観点からも少しばかり言及を。
二週目は、主に車道のある村から離れた森の奥の集落をいくつかを回りました。
配属先と共同しているペルーのNGO団体が行う”農薬の使用”に関するワークショップに同行した形です。車を降りてから、ぬかるんだ山道をアップダウンしながら3時間ほど歩いてようやく1つ目の集落に到着しました。3日間で3つの集落を回り、トータルで36km山道を歩きました。また、2泊ともそれぞれの集落の住民のお家にホームステイさせていただき、より深いレベルでこのエリアのことを知ることができたように思います。
3つの集落すべてに関して感じたことは、車道に面した集落と比較すると、”教育・水・医療へのアクセス”がより不十分であるということです。
まず”教育へのアクセス”について、3つの集落のうち初等教育を受けられる小学校があるのは2つで、小学校が無い集落の子供はぬかるみや毒蛇などの危険の伴う道を子どもの小さな歩幅で1時間以上かけて通学しなければならないそうです。中等教育学校(日本の中学校・高校に当たり5年課程)がある集落は一つもありませんでした。中等教育を受けるためには、山道を1~2時間かけて歩いていくか、もしくは少し大きな村で下宿して学校に通うしかないそうです。いずれにしてもお金がかかる中等教育において、5年間コンスタントに学校に通えるかは、家庭の現金収入にも左右されてしまいます。
次に“水へのアクセス”に関しては蛇口をひねって出てくる水はすべて茶色く濁っています。川の上流の水をろ過することもなく使用しているためで、この色は川の水の有機分によるものだそうです。ただ、一部エリアでは農薬が使用されており、この農薬が川に滲出し、体に悪影響を及ぼす可能性も危惧されているそうです。集落によっては売店が無いため、ほとんどの住民がこの濁った水を一度煮沸するだけで飲用水としています。自分もこの水を飲んで3日間過ごし幸い体調不良にはなりませんでしたが、短期的には問題なくても常にこの水を飲み続けている住民に将来的に健康被害が出る可能性は否定できないと同僚も言っていました。
そして最後に”医療へのアクセス”について。集落には病院はおろか簡易診療所すらありません。もし体調不良になっても、足元のよくない山道を3時間以上歩いて車道のある村まで出てそこからさらに車で街へと向かわなければなりません。これは前任地のマチュピチュ歴史保護区内のクオリワイラチナ村でも感じていたことですが、命に関わる大けがや急病はもちろん、日本であればあまり深刻に捉えることもないようなけがや病気でも命のリスクを伴います。日本で生活していた際に、「外国では育てられもしないのに、子供ばっかりたくさん産んで」という多産に対して否定的な考えを持つ人と話す機会が多々ありました。確かに子供が多ければ、収入の少ない家庭では教育機会が制限されてしまうのは事実ですが、生活に困窮した村では子供も労働源であるため子供が多い方が農業生産量も向上します。そして、何より前述の通り”医療へのアクセス”の悪さのため乳幼児死亡率が高いためにリスクヘッジとして多産になる傾向があるのです。
さて、「人間の安全保障」の側面でも気づきのあった今回の3つの集落でも、農業生産によって生計が立てられており、その中でも主な収入源となるのはコーヒー生産です。私の任地であるサン・マルティン州のリオハ郡とモヨバンバ郡はペルーの中でも、その気候のために品質の高いコーヒーの生産で有名な地域です。
保護区内と緩衝地帯では、前述の通り保全協定に調印している農家が多く、自然を守りながらの農業生産が行われています。
では、このアルトマヨの森の中で、自分の経験や知識を加味して、求められている活動は何か。
現時点では、”有用な原生樹種の調査と探索”そして”コーヒー豆の高付加価値化・販路拡大”であると認識しています。
前者に関しては、配属先に森林の専門家(ペルーではIngeniero forestalと呼ばれる森林科学を学んだ大卒以上の人で、直訳すると森林技師)がおらず原生樹種の同定やフェノロジー(季節性)や育苗に関する情報が蓄積されていません。そのため、サン・マルティン大学の調査チームに同行し、また経験的な知識を持つ地域住民の話も要約しながら調査を進めていくことが目下、任務になりそうです。そして、それらの情報を基にアグロフォレストリー(特にコーヒー生産)に有用な庇陰樹や、薪炭材となる樹種、そして保護区内の鳥類や哺乳類の餌となる果物などつける樹種を探索し、将来的に”生物多様性”と”人間の生活”の両方に益をもたらす森を形成していくことが目指されます。
そして、後者。この地域の典型的な成功事例でもあるコーヒー業において、アグロフォレストリーに基づいた農法で生産することは森林減少抑制につながります。そして、その農法に基づいて生産されたコーヒー豆の販売で収益を上げることは、コーヒー農家にとって森林減少抑制に貢献する経済的インセンティブとなります。この経済的インセンティブを高めるために高付加価値化・販路拡大のための取り組みを行うことで、農家の収入向上につなげたいと考えています。またこの収入の向上がゆくゆくはこの地域の「人間の安全保障」が担保されることにつながっていけばなと感じています。
まだまだこれから具体的な施策を考えていく段階ではありますが、今自分が持つアイデアは大枠で2つ。1つはコーヒーに限らず、他の製品にも応用できるマーケティング手法に関する研修を、地域住民の農家や農業組合、そして女性組織団体を対象に行うことで、収入向上を目指すというもの。そして他方は、世界で3番目のコーヒー輸入を誇る日本のマーケットへの参入を試みるというものです。現在もヨーロッパやアメリカへの輸出は行われているのですが、日本への輸出に関しては以前商社が日本マーケットへの進出に向けて検討したそうですが、品質は問題ないものの生産量が限られておりマスでの取引が難しいため断念したという背景があるそうです。そこで考えられるのは個人経営の喫茶店やコーヒーショップとの取引、もしくは全国展開ではなく店舗数が限定的なローカルチェーンのスーパーマーケットとの取引です。
特に後者に着目しており、「店舗数が限定的であるからこそ生産量がそんなに多くなくても対応可能なこと」「安定した販売量が期待できること」「ペルー産のコーヒー豆はまだあまり市場に出回っておらず、まだまだ稀少性が高いこと」「日本では喫茶店よりも家庭でコーヒーを飲む機会のほうが多いこと」「コロナ禍以降過程でコーヒーメーカーを購入した家庭が増加し、家庭でコーヒーを淹れる文化が浸透しつつあること」から、十分に市場に参入できるチャンスはあると考えています。また、ペルーでの経済波及効果を高めるために焙煎工程もペルーで実施し、生豆ではなく焙煎豆で輸出できたらベストだと考えています。配属先の隣の敷地にはCoffee Quality Institute(コーヒー品質協会)から国際的な認証を受けたコーヒーカッピングの学校があり、優秀なコーヒーカッパーが養成されています。そのため、「優秀なコーヒーカッパーが生産地だけでなく焙煎所でも高水準でカッピングし、安定した品質が供給できる」「日本ではレギュラーコーヒー(焙煎豆)の消費が増えている」「まだまだ生豆の貿易には追い付かないものの焙煎豆の取引も増加傾向にあること」「ペルーと日本の両国がTPP加盟国であり、焙煎豆の貿易が無税で可能であること」から、レギュラーコーヒーを輸出する方法を模索できればと考えています。そしてなおかつ、そのレギュラーコーヒーを自社ブランド(プライベートブランド)化することが実現可能であれば、生産計画が立てやすくさらに生産効率があがるというメリットを享受できると考えています。まずはこうした取り組みに興味を持ってくれる企業を見つけるところからではありますが、日本市場参入に向けて積極的な取組をするために、事務所にいる日は統計データとにらめっこし資料を作成する毎日です。(もし周りで興味を持ってくれそうな企業等ございましたら、ご紹介いただけますと非常に助かります!)
新任地での毎日はどれも刺激的で、考えなければならないことも行動量も多く、また体調を壊さないか(すでに3回病院送りになってます。。。)という不安も伴う日々ですが、自分の強みでもある”熱意”を前面に押し出して、小さいことでも一つでも多くこの地域の社会課題解決のために真摯に取り組んでいきたいと思います。
”短いわりには中身のある話をしようか
眠りにつく頃にはなんとか終わればいいが
一度話しただけで飲み込めるとは思えないし
理解に苦しんで眠れなくなるかもしれないけど
防具を外したら横になれよ”
さて、”短いわりには中身をある話をしようか”という冒頭とは裏腹に長い文章になってしまいました。(中身は保証しません)
自分の任期を終えてゆっくりと”眠りにつく”ことができるようになる頃には自分の計画の一つでも多く遂行されていることを願います。
保護区内や干渉地域で見聞きした”現実”は”一度話しただけで飲み込めるとは思えないし
理解に苦しんで眠れなくなるかもしれないけど”、しっかりと自分の中で消化し、そしてその”現実”の改善に向けた努力を続けていく所存です。
この地域は数年前までは、山岳地域からの入植者ともともと住んでいた原住民で衝突のあった地域です。”防具を外して横になれよ”。どちらの住民も不利益を被ることなく、調和して一緒に社会を良くしていけるように。武装を解いて互いに腹割って話し合えるような関係性を築いていけるように。
自分はその調整役として少しばかりか貢献できればと思います。